近年、人工知能(AI)の発達により、多くの業界で業務の自動化や効率化が進んでいます。社会保険労務士(社労士)も例外ではなく、AIの浸透がこれまでのビジネスに大きな影響を及ぼしています。本記事では、社労士の業務内容とAIの活用方法、さらに具体的なサービス事例についてご紹介します。
社労士の仕事の分類
社労士の業務は、社会保険労務士法第2条に基づいた内容で、以下の3つに分類されます。
1号業務(独占業務)
労働保険や社会保険の申請書類を作成し、行政機関に提出する業務です。行政機関の調査や処分に対して、代理人として主張や陳述を行うことや、紛争解決において当事者を代理することも該当します。これらを社労士以外が営利目的で代行することはできません。
2号業務(独占業務)
労働社会保険諸法令に基づいた帳簿書類の作成・提出を担います。
対象となる帳簿書類には、労働者名簿、賃金台帳、出勤簿、就業規則などが含まれます。特に、労働者名簿や賃金台帳、出勤簿は従業員を雇用する際に必須の書類であり、就業規則については従業員が10名以上の事業所において作成義務があります。これらも社労士以外が営利目的で代行することはできません。
3号業務(非独占業務)
労務管理や社会保険に関するコンサルティング業務を指します。
具体的には、企業の労務管理に関する相談に応じたり、社会保険の制度利用についてアドバイスを提供することが含まれます。ただし、この業務は社労士の独占業務ではなく、他の専門家やコンサルタントが行う場合もあります。
AIの浸透により社労士の業務はどう変化するのか
1号、2号の独占業務について
社労士の業務は多くの場合、定型的な書類作成やデータ入力が中心となります。AIの導入により、定型的な業務は自動化が可能となるため、書類作成などのニーズは減っていくと予想されます。一方で、AIが作成したものをそのまま書類として使用することはできず、間違いがないかの確認・判断は専門家の監修が必要です。その点で社労士のニーズは残り続けるでしょう。
また、法改正や新たな制度の導入時には、AIだけでは対応が難しいケースもあり、人間の専門的な判断が求められます。社労士の提供価値として、新しい法令や制度への対応に関するニーズも引き続き発生していくはずです。
3号の非独占業務について
コンサルティング業務は、企業ごとの状況やニーズに応じた柔軟な対応が必要です。AIは情報収集やデータ分析でサポートできますが、最適な提案やクライアント企業との信頼関係の構築など、人間ならではのスキルが求められる部分は、より社労士の役割として重要になっていくと推測されます。
AIに任せられる業務内容
AIに任せられる業務は定型的な業務などが考えられます。具体的に見ていきましょう。
データ・文章の入力業務
定型文や決まったデータの入力はAIの得意分野です。保険や助成金の申請書類の項目の自動入力、文章の自動生成などが該当します。今後、単純なデータの入力業務や、過去に行った同じような書類の申請などの工数は大幅に削減されると予想されます。
条文形式への修正
就業規則の改定時など、平の文章を正式な条文形式に整える作業は手間がかかります。AIは、文章の条文形式への変換なども得意領域であるため、最終的な微調整のみを人間が行うことで業務の効率化が図れます。
相談業務での下調べ
顧客からの相談があった際、社労士がその業界に詳しくない場合、打ち合わせ前に入念な下準備が必要です。AIを用いて業界情報を収集することで、勘所をすばやく掴みながら、顧客の課題や解決方法、提案内容などをまとめる業務に集中できます。
議事録作成
顧客との会議内容をAIが自動的に文字起こしし、議事録を作成することで、手作業の負担を軽減します。
チェック業務
勤怠情報を確認する際、適切な就業時間になっているか、タイムカードのチェック・集計などの業務や、就業規則を確認して適切な内容か、またそれが遵守されているかのチェックも現在は人間が手作業や目視で行うことも多いでしょう。AIの技術が進展していくにつれ、これらのチェック作業も高い精度で自動化されるようになると推測できます。
社労士が価値を発揮すべき業務内容
では、AIではまかないきれない、人間の専門家が価値を発揮するべき業務内容とはどのような内容でしょうか。
AIが生成したものの最終チェック・手直し
AIは0から文章などを作る仕事は得意ですが、なかなか1回で100点のものは作れません。最終的にプロが確認・手直しする必要があり、専門知識を持ったプロが監修するという安心感が、社労士として業務を依頼してもらう価値になります。
法改正や新しい助成金の取り扱い
法改正により新しい事案を取り扱う場合、AIの学習データに含まれていない可能性があるため、人間が中心となって対応する必要があります。とくに助成金や補助金は日々新しいものが出てくるため、申請フローや必要書類の把握や記入、また顧客からの相談に対する柔軟な対応などは、社労士の専門性と対応力が必要とされる分野です。
顧客とのコミュニケーションや個別判断
顧客とのコミュニケーションにおいて、個別の事案について最適な判断をするのも、AIではまかない切れない部分です。企業の状況やこれまでの背景、今後の意向なども配慮にいれた総合的な判断を求められるからです。AIを活用して業務を効率化しつつ、AIではまかないきれない領域にリソースを集中させていくのが、今後より重要になっていくでしょう。
AIを使った労務サービス例
AIを使った社労士関連のサービスが日本・海外で登場してきています。
HRbase PRO

HRbase PROは、労務相談の質問を入力すると、AIが関連資料を集め、適切な回答を自動で作成する社会保険労務士向けのAIサービスです。社労士のためのサービスで、社労士の労務相談業務をAIがアシストしてくれます。
スマート規程管理

https://www.sn-hoki.co.jp/smart_kitei/
スマート規程管理は、企業の規程作成・更新業務をAIがサポートするサービスです。AIが規程のドラフト作成や修正提案を行います。条項の解説やAIによるレビューアシストがあり、規程の作成時間を短縮できます。
AI Employee Handbook Generator

https://www.taskade.com/generate/human-resource/employee-handbook?utm_source=chatgpt.com
AI Employee Handbook Generatorは、アメリカのサービスで、従業員ハンドブックを簡単に作成できるツールです。従業員ハンドブックとは、会社の方針や運営目的、価値観をまとめたもので、法律に関する重要な情報も記載します。このサービスは、会社全体でポリシーを浸透させるための従業員ハンドブックの作成をAIがアシストしてくれます。
提供企業であるtaskadeは、他にも従業員のオンボーディング時のチェックリストを作成する「AI Employee Onboarding Checklist Generator」など、 社労士業務に関連する生成AIサービスを提供しています。
ZBrain AI Agents

ZBrainは、業務全般のタスクを自動化できるようなAIエージェントサービスを提供しています。その中には社労士の業務に関連するものもあり、契約書の作成サポート、条項の内容を検証してくれるものなど、複数のサービスがあります。
まとめ:AI時代で社労士の提供価値が変化していく
AIによって社労士の業務は効率化され、定型的な書類の作成業務などはニーズが減っていくかもしれません。しかしAIの発展は、社労士の存在価値を下げるものではなく、人間の専門家としての存在価値をより高めるものになるでしょう。単なる書類の作成業務はAIに上手に任せて効率化し、企業からの相談や新しい助成金や法改正への対応、企業の意思決定により近い領域での価値提供が求められています。付加価値の高い領域に集中するためにも、AIを忌避するのではなくAIを積極的に活用していきましょう。