近年、人工知能(AI)の発展により、様々な業界で業務の自動化や効率化が進んでいます。税理士業界も例外ではなく、「仕事がなくなるのではないか?」という不安の声や、むしろ業務効率化をすすめていこうという前向きな声の両方があるかと思います。
この記事では、AIが税理士業務に与える影響を解説するとともに、実践的な活用方法や最新のAIを活用した税務サービスについてご紹介します。
AIの浸透が税理士業務に与える影響
「AI時代になると、税理士の仕事はなくなってしまうのではないか」こうした不安の声をよく耳にします。2015年の野村総合研究所とオックスフォード大学の共同研究によると、「経理事務員」「会計事務員」などの職業は、AIやロボットによって代替される可能性が高い職業として挙げられています。2023年の海外のレポートでも、"Accountants and Auditors"(会計士・監査人)は、需要が減少する職種として言及されています。
参考:日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に
https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/news/newsrelease/cc/2015/151202_1.pdf
参考:World Economic Forum (WEF)の"The Future of Jobs Report 2023" https://www3.weforum.org/docs/WEF_Future_of_Jobs_2023.pdf
しかし、この変化は「脅威」ではなく「機会」として捉えていくことが、今後のAI時代を生き抜くために必要です。AIと税理士の得意分野は現実にはいささか異なるため、AIが単純作業を効率化することで、税理士はより付加価値の高い業務に注力できるようになります。人間にしかできない業務を理解して、AIを上手に活用していくことが、今後の税理士のバリューになるでしょう。
AIが力を発揮する仕事の例
紙証憑のAI-OCR読み取り
OCR(Optical Character Recognition)とは、紙や手書きの文字を画像データから認識し、文字としてデータ化できる技術です。AI-OCRは、さらにディープラーニング(深層学習)などのAI技術により、手書き文字やかすれた文字、歪んだ文字など、従来のOCRでは識別が難しかった文字も高精度に認識できます。AI-OCRを活用することで、手書きの領収書やインボイスなどの証憑を高い精度でデジタルデータ化できるため、データ入力の手間が大幅に削減されます。
自動仕訳入力
AIは大量の取引データを理解して、適切な勘定科目に振り分けることができます。領収書や請求書などのデータを元に、読み込みだけでなく、仕訳までもノンストップかつ高精度で行うことが可能になってきています。
定型的な税務申告書の作成
基本的な確定申告書や法人税申告書など、ルールが明確な書類の作成はAIが得意な分野です。一方で、ルールが複雑な書類では、税理士が価値を発揮できます。
税理士に必要とされる業務
一方で、以下のような業務は、AIではなく税理士の専門性が必要とされる分野です。
複雑な税務事例への対応
判例や通達の解釈が必要な案件や、前例のないケースへの対応には、税理士の専門的判断が必要です。AIによる提案は100%の精度ではないため、最終的な判断は経験豊富な税理士のチェックなしでは進められません。
税目横断的な税務戦略の立案
所得税、法人税、相続税など、複数の税目にまたがる最適な節税プランの提案には、豊富な実務経験と専門知識が必要です。こちらも、税理士というプロの手が加わることが価値になります。
経営者・個人事業主への戦略的アドバイス
事業計画や資金繰り、節税対策など、クライアントの状況に応じた具体的な提案が必要な業務です。個別のクライアントの状況を把握するために生成AIにチャットや音声で質問して回答を得ることは可能ですが、税理士というプロに柔軟に相談してアドバイスをもらうことのほうが、顧客の満足度の向上や、実際の参考度合いは高まります。
税理士事務所での生成AIの活用方法
では、具体的に税理士事務所ではどのようにAIを活用できるのでしょうか。税理士事務所におけるAI活用は、「業務効率化」と「付加価値向上」の2つがポイントです。
業務効率化のためのAI活用
AI-OCRによる紙資料のデジタル化
紙の資料をデジタル化する作業は、税理士事務所の業務において大きな負担となってきました。しかし、最新のAI-OCR技術を活用することで、この課題を効率的に解決できるようになっています。例えば、領収書の処理では、金額や日付、支払先、税額などの情報を自動的に認識し、データベースに登録することが可能です。インボイス制度への対応として、登録番号の読み取りが高精度で行えるツールもあります。
従来では数時間かかっていた月次の領収書入力作業が、半分程度に短縮されるなどの効果が期待できます。また、AI-OCRは手書きの資料に対しても高い精度での認識が可能になってきており、顧客から提出される様々な形式の書類の自動取り込みも可能になります。人力での修正が必要であったしても最小限で済みます。
勘定項目の自動仕訳
自動化は、定期的な取引の仕訳業務などで特に役立ちます。例えば、毎月発生する家賃支払いや水道光熱費、給与支払いなどの定型的な取引については、AIが過去の仕訳パターンを学習することで、高精度な自動仕訳が可能です。
銀行の取引データとの連携により、取引内容に応じて仕訳候補の提示をしてくれるツールも増加しています。こちらも従来よりも人の手による作業時間の削減が見込めます。また、AIによる自動仕訳は使用回数が増えていくにつれて、さらに精度が向上していきます。事務所特有の仕訳ルールなども学習していくため、長期的な業務効率の改善が期待できます。
付加価値サービス向上のためのAI活用
高度な財務分析と予測
生成AIの活用で、従来は時間的な制約から十分に行えなかった詳細な財務分析が可能になっています。また、AIは予測分析が得意なため、過去のデータと外部環境要因を入力することで、精度の高い売上予測や資金繰り予測が可能になっています。
会議・面談の質的向上
顧客との面談や会議の質を向上させるためのAI活用も進んでいます。音声認識技術を活用した自動議事録作成では、面談内容を自動的に文字起こしするだけでなく、重要なポイントを抽出し、サマリーとして生成可能です。
税理士は顧客との会話に集中できるようになり、より深い洞察や適切なアドバイスを提供できるようになっています。
グローバル対応の強化
海外取引や外国籍クライアントへの対応も、AIの支援により大きく改善されています。最新の翻訳AIを活用することで、海外の取引書類や契約書の翻訳を迅速に行うことが可能です。また、リアルタイムの翻訳機能を活用することで、外国籍クライアントとのスムーズなコミュニケーションも実現できています。
AI導入時の注意点と成功のポイント
セキュリティ
AIの使用は急速に普及していますが、セキュリティ面から利用に慎重になっている企業も多いです。特に、顧客の機密情報を扱う税理士事務所では、情報を学習させないなどの設定が必要です。。生成AIをそのまま利用するのではなく、信頼できる企業が出している税理士向けのサービスなどを使用するのが安心です。
出力の精度
AIは出力結果にブレが発生することがあるので、出力の精度を管理しましょう。定期的な精度検証を行い、エラーパターンを蓄積・分析して、精度の向上とともに、最終的に人がチェックするときのチェックポイントも理解していきましょう。特に導入初期は、AI出力結果に対する人的チェックを徹底し、段階的に自動化の範囲を広げていくアプローチが推奨されます。
運用ルールの整備・リテラシーの向上
事務所内での運用ルールの整備も行いましょう。セキュリティの観点や精度の観点からAIツールの利用範囲を明確にし、線引きをすることが、AIを上手に使いこなすことにつながります。また、メンバーのAIリテラシーをあげるためのセミナーや勉強会を開催して、活用を促すような啓蒙活動も必要です。
AIを使った税務サービス例
現在、様々な企業がAIを活用した税務サービスを展開しています。以下に日本・海外における代表的な税務サービスをご紹介します。
AI税理士

AI税理士は、人工知能を活用して税務計算を行うサービスです。所得税、相続税、贈与税、国際税務など幅広い税目に対応しており、複雑な計算も正確に処理してくれます。
AI税理士の特徴
- 24時間365日利用可能:いつでもどこでも利用でき、ユーザーの都合に合わせて税務処理が可能です。
- 税理士監修の計算ロジック:専門家の知識を取り入れた信頼性の高い計算が行えます。
- ユーザーに優しい質問形式:質問は段階的にされるため、必要な情報を簡単に入力できます。
- ネットバンキングとの連携:銀行・金融機関との連携により、自動で所得計算が可能です。
税理士に相談しなくても、誰でもどこでも簡単に簡単に確定申告書の作成が可能です。国外所得にも対応しています。
タックスナップ

タックスナップは、フリーランスや個人事業主向けの会計・経理代行アプリです。クレジットカードや銀行口座と連携し、確定申告に必要な情報を自動収集します。
タックスナップの特徴
- カード利用履歴の自動収集:クレジットカードの利用明細を自動で取得してくれます。
- 「丸投げ」か「スワイプ」:AIが支出内容を分析し、適切な経費カテゴリーに自動的に分類してくれます。また、スワイプ操作で簡単に項目を選択可能です。
- 税理士によるリスク診断:アプリだけで不安な項目がある場合、有料ですが税理士に相談もできるので、申告漏れのリスクを軽減してくれます。
スキマ時間にスマホをスワイプするだけで作業が完了するため、会計処理・確定申告にかかる時間を大幅に削減してくれるアプリです。
FLYFIN

FLYFINの特徴
FLYFINは、フリーランスや自営業者向けのアメリカのAI税務サービスです。AIとCPA(米国公認会計士)が連携し、税務申告をサポートしてくれます。
- 銀行口座連携による支出の自動検出:銀行口座を連携することで、支出を自動的に検出し、経費として分類します。
- AIによる経費判定:AIが200以上の控除カテゴリーに基づき、経費を自動判定します。
- リアルタイムでの節税額計算:その時々で節税額を計算して、最大限の控除を提案してくれます。
税務申告嫌いの同社のCEOは、クレジットカードの明細やレシートなどのデータをまとめ、公認会計士に提出する作業が億劫で、申告期限に間に合わず延滞金を支払うこともあったとのことです。公認会計士に支払う出費も多く感じていたため、AIで税務・確定申告を徹底的に効率化した、というエピソードのあるサービスです。
TrueWind

TrueWindは、海外発の企業向けの財務・会計AIプラットフォームです。機械学習とGPT-3などの言語モデルを活用し、会計業務を自動化してくれます。
TrueWindの特徴
- 自動仕訳処理:AIが取引を自動で分類してくれます。
- 異常取引の検知:不正やエラーの可能性がある取引を自動的に検出します。
- 財務レポートの自動生成:月次決算や財務報告書を自動で作成します。
AIによる会計作業だけでなく、財務の専門家のチームに相談できるため、スタートアップ企業や会計事務所、中小企業の会計部門などにぴったりのサービスです。
まとめ:AI時代は税理士としての付加価値を高めるチャンス
AIの発展は税理士業界に大きな変革を起こしていますが、税理士の価値を低下させるものではなく、むしろ専門家としての付加価値を高める機会となっています。AI時代における税理士の役割は、単なる税務処理者から、経営アドバイザーとしての側面が強くなっていきます。最終的な判断や戦略的なアドバイスは、依然として税理士の専門性が必要とされます。AIを上手に活用しながら、専門家としての価値を高めていくことが、これからの税理士に求められる姿勢といえるでしょう。